(2026年1月19日 連載8日目)
この連載は、私が「正解」を教えるものではなく、 私の学びを皆さんと一緒に、共有し考えていく場にしたいと思っています。
昨日は、戦後ベビーブームの爆発を通じて、 本能と理性が「繁栄の時代」にどう反応したかを振り返りました。 今日は、さらに時間を進めて、高度経済成長期からバブル崩壊後にかけての変化に目を向け、 「質投資シフト」がどのように進んだのかを、一緒に考えてみましょう。
高度経済成長期(1955〜1973年頃)は、日本経済が奇跡的に伸びた時代です。 GDPは年平均10%前後の成長を続け、 国民所得は急増し、都市部への人口流入が加速しました。 この時期、合計特殊出生率(TFR)は、 1950年代後半の約2.0前後から、 1960年代には2.0を下回り始め、 1970年代初頭には約2.0〜2.1の水準で推移しました(厚生労働省人口動態統計に基づく)。
なぜ出生率が低下し始めたのでしょうか。
経済成長とともに、
- 都市化・核家族化が進み、昔のような地域のサポートが薄れる
- 女性の社会進出・就業率が急上昇(共働き世帯が増加)
- 教育熱の高まりで、子ども一人ひとりにかける費用が急激に増加
といった変化が起こりました。
本能は、 「資源が豊富になった」シグナルを受け、 **「質を重視するK-選択戦略」**へさらに強くシフトしたように思われます。 子どもをたくさん産むのではなく、 一人ひとりに教育・習い事・生活環境を充実させ、 「より良い未来を託す」方向に理性が働き始めたのではないでしょうか。
この「質投資シフト」は、当時は自然な流れだったのかもしれません。 経済が成長し、子どもが生き残る確率がほぼ100%になった時代に、 本能は「少ない子に集中投資すればいい」と判断し、 理性はそれを「教育で強く育てよう」と後押しした。 父性・母性の絆も、 「子どもを立派に育て、国や社会に貢献させる」 という形で強く結びついたように感じます。
しかし、バブル崩壊(1991年頃)以降、状況は変わります。 経済停滞・失われた30年が始まり、
- 賃金実質低下・非正規雇用の急増(特に若年層)
- 住宅価格の高止まりとローン負担の重さ
- 教育費のさらなる高騰(私立進学・塾・留学など)
これらが重なり、 「質投資」のコストが耐えられないレベルに達したように見えます。
本能は「少ない子でいい」と正しく判断しているのに、 理性は「少ない子でも負担が大きすぎる」とブレーキをかけ、 結果として「子どもゼロ」の選択が増えていったのではないでしょうか。
私自身、この歴史を振り返ると、 「繁栄のピークで本能が活性化した後、 その繁栄の代償として理性の抑制が強くなりすぎたのかな…」 と、改めて思います。
高度成長期の質投資シフトは、 本能と理性が「生き残るための最善」を探っていた結果のように感じます。 でも、今の私たちは、 そのシフトの「行き過ぎ」の段階に長く留まり、 減少の道を歩んでいる。
この違いは、どこにあるのでしょうか。 現代の社会システムが、本能と理性のバランスをどう狂わせているのか、 さらに深く考えていきたいと思います。
この連載では、 そんな歴史の流れを眺めながら、 今の私たちの思いと照らし合わせて、 一緒に、少しずつ向き合っていきたいと思います。
今日も、少しでも心に響くところがありましたら、 ぜひご自身の思いを振り返ってみてくださいね。
中村知也 2026年1月19日 朝
#進化の罠連載 #少子化を一緒に考える #高度経済成長 #バブル崩壊 #本能と理性
(参考: 高度経済成長期の出生率推移・経済変化は厚生労働省「人口動態統計」および総務省統計局「国勢調査」歴史データに基づく。 教育費高騰・非正規雇用増は文部科学省・総務省労働力調査2025年最新値の概算を参考に簡易的にまとめています。)
(2026年1月19日 連載8日目)

