Day 6 / 江戸時代〜明治の人口変動と本能・理性の均衡

少子化考察

(2026年1月17日 連載6日目)

この連載は、私が「正解」を教えるものではなく、 私の学びを皆さんと一緒に、共有し考えていく場にしたいと思っています。

これまで、本能の仕組みや現代のギャップ、父性・母性のそれぞれの思いについてお話ししてきました。 今日は、少し時間を遡って、江戸時代から明治にかけての日本の人口変動を振り返りながら、 本能と理性がどのように均衡を保ってきたのかを、一緒に考えてみましょう。

江戸時代(1603〜1868年)は、約260年にわたる平和な時代でした。 人口は初期の約1,200万人から徐々に増加し、 18世紀中頃には約2,500〜3,000万人でほぼ安定していました(歴史人口学の推計値による)。

この安定は、決して偶然ではありません。 当時の社会環境では、

  • 農業生産が限界に近く、食料・資源が不足しやすい
  • 飢饉や疫病が定期的に発生し、乳幼児の死亡率が高かった
  • 幕府の統治や村落共同体が厳しく、子どもの養育が家族・地域全体の責任だった

こうした状況で、本能は「たくさん産んで、少しでも生き残る子を残そう」という方向に強く働いていました

一方で、資源の限界を前に、親の理性が強く発揮され、一部地域で人為的な出生調整が行われ、人口が爆発的に増えないよう調整されていたと考えられています。 これは衝動的な行為ではなく、家族の未来を思っての苦渋の選択であり、当時の文化や信仰、独自の生命観がそれを支える形で行われていたようです。

ここで、少し当時の本能と理性の働きについて考えてみましょう。 現代の私たちからすると、こうした出生調整は厳しい現実のように感じるかもしれませんが、当時の人々は死がずっと身近で、乳幼児の死亡率が高い時代を生きていました。 家族や村全体の存続を最優先とする価値観(家中心の倫理)が強く、子どもの命を自然の摂理に委ねるような死生観が共有されていたようです。 これは、現代の個人中心の倫理とは大きく異なる文脈で、本能の「産む衝動」と理性の「抑制判断」が拮抗し、罪悪感を抑えつつ家族の生活を守っていたのではないでしょうか。 私たちの常識では測れないこうした時代背景を振り返ると、本能と理性がどうバランスを取っていたのか、改めて考えさせられます。

この**「産む本能」と「理性による抑制」**のバランスが、 江戸時代の人口を長期間安定させていたように見えます。 本能は「生き残るための最適解」を探りながら、 人間特有の理性や社会の知恵がそれを形作っていたのかもしれません。

明治時代(1868〜1912年)に入ると、状況が大きく変わります。 開国・近代化により、

  • 医療・衛生の改善(コレラ対策、種痘普及など)
  • 新田開発や農業技術の進歩
  • 中央集権国家による人口動員(徴兵制・義務教育)

これらの変化で、乳幼児死亡率が急速に低下し、 人口は明治初期の約3,000万人から大正初期には約4,500万人へと急増しました。

この時期、本能は「子どもが生き残りやすくなった」シグナルを受け、自然に繁殖意欲が高まったように思われます。 父性・母性の絆も、 「国力としての子ども」「家族の繁栄」として強く結びつき、 人口増加を支えたのではないでしょうか。

しかし、この急増は、 本能が「安定した環境」でK-選択戦略(少ない子に集中投資)へ切り替わる前の、 一時的なr-選択戦略の爆発だったのかもしれません。 (Day4で触れた包括適応度の文脈で、**「自分の遺伝子を確実に残す」**メカニズムが資源豊かな場で爆発した形です)。

明治の繁栄は、**本能と理性の「正しい反応」**だったように感じます。

私自身、こうした歴史を振り返ると、 「本能と理性は時代ごとに柔軟に適応しようとしているんだな」 と、改めて思います。

江戸時代の均衡と明治の急増は、 どちらも本能と理性が「生き残るための最善」を探っていた結果のように見えます。

でも、今の私たちは、 明治のような急増も、江戸のような均衡も失い、 減少の道を歩んでいる。 この違いは、現代の社会システム——長時間労働や孤立を助長する仕組み——に本能と理性のバランスを狂わせているところにあるのでしょうか

この連載では、 そんな歴史の流れを眺めながら、 今の私たちの思いと照らし合わせて、 一緒に、少しずつ考えていきたいと思います。

明日(Day 7)は、 「戦後ベビーブームと繁栄の爆発」 についてお話しします。

今日も、少しでも心に響くところがありましたら、 ぜひご自身の思いを振り返ってみてくださいね。

中村知也 2026年1月17日 朝

#進化の罠連載 #少子化を一緒に考える #江戸明治人口変動 #本能と理性

(参考: 総務省統計局「国勢調査以前 日本人口統計集成」(内務省内閣統計局編、東洋書林);速水融『歴史人口学で見た日本』(文春新書、2001年・増補版2022年);鬼頭宏『人口から読む日本の歴史』(講談社学術文庫、2000年)。江戸時代の人口安定要因として、飢饉・疫病の高死亡率に加え人為的な出生調整が寄与したとする標準的見解に基づく。乳幼児死亡率推移は厚生労働省人口動態統計歴史データより。)

Day 5はこちら」「Day 7へ続く」

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